さてここまで読んでこられた皆さんはかなり仕事に対するイメージが出来上がってきた頃だと思います。そこでこの小節では、仕事がベクトル量なのかスカラー量なのかを考えていきましょう。
図25のように物体に力を加えたとき物体が移動したら、その力は物体に仕事をしたと言うのでした。そして、その移動方向へ加えた力がした仕事が正、逆に移動方向と逆方向へ加えた力がした仕事は負でしたね。そう考えると、仕事はベクトル量ではないかと考える人もたくさんいると思います。
しかし結論から言いますと、仕事はスカラー量です。
仕事はスカラー量
では何故スカラー量なのか考えてみましょう。まず仕事がどのように表されていたのかをもう一度確認してみますと、 [J]でしたね。仕事を表すのうち、力は当然ベクトル量です。でははどうでしょう?
前の小節へ飛びますか?前の小節でも述べましたように、仕事には力を加えた方向とそして物体が移動した方向が重要なのでした。この「物体が移動した方向」という言葉からもわかるように、実はは単なる距離ではなく、その移動方向とそしてその大きさを持つベクトル量として定義されています。つまり本当は仕事は
と定義されているわけです。これを図で見てみましょう。
物体に対して、水平方向と角度[rad]をなす方向へ力[N]を加えて、軸正方向へ距離[m]移動させます。このとき、図26を見ておわかりの通り、鉛直方向へは と重力や垂直抗力との力のつり合いにより動かないものとします。
では、物体を動かすのに効果を発揮した力[N]の成分はいくらでしょうか?
図27では物体に加わっていた力[N]を水平方向と鉛直方向へ分解してみました。このうち明らかに物体を軸方向へ移動させ、物体に対して仕事をした力[N]の成分は水平方向の [N]であることがわかりますね。
つまり図26の状態において、力[N]が物体にした仕事は
[J] | (9) |
と表されるわけです。ここで、この はとの内積であることに気付くでしょうか?内積に関して詳しく述べるのはここでは避けますが、内積は一方のベクトルと、そのベクトルへもう一方のベクトルの影を落とした正射影ベクトルとの積で定義されています。つまり
図28で表されるとの内積は、例えば図29のようにに向かって下ろしたの影による正射影ベクトル と、の積として表されます。
ベクトル同士の内積はご存知のように同じ方向を向く大きさ(今回は正射影ベクトルの大きさと変位ベクトルの大きさL)の掛け算となり、その結果方向を表すデータが失われスカラー量となります。
結局、ベクトル同士の内積だから、お互いに持ってた方向の情報が失われてスカラー量になるよ!とただそれが伝えたかっただけなんです。
では仕事をベクトルの内積とイメージできるように、もう一度具体的な運動を考えて、それをベクトルの内積と関連付けてみましょう。
このようにお兄ちゃんが車を押す力のベクトルと、車の移動する変位ベクトルの方向が一致しています。この場合のベクトルだけの関係を取り出してみると図31のようになります。単純に同じ方向に向いている図31のような場合だと、それぞれのベクトルやが同じ方向を向いているので、互いのなす角が0ということで、
となり、仕事が前の小節までで学んだ力と距離の積[J]で表されます。
逆に
図32の妹のように、移動方向を示す変位ベクトルと、車に加える力のベクトルの方向が逆を向いている場合は、図33のようにそれぞれのベクトルとが互いに逆方向を向いていますので、互いのベクトルのなす角はとなり ですから
となります。これは、物体の進行方向を表す変位ベクトルの方向と逆方向へ力を加えると、仕事が負になるということを正しく表せていますね。
仕事は、物体に加えられた力のベクトルと物体が移動した方向を示す変位ベクトルとの内積により定義されており、内積の定義から、求められる値はスカラー量となる。
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