では酢酸の加水分解についてお話します。最初から厳密に化学反応式にのっとってご説明してもかまわないのですが、それだと参考書と変わりませんし、イメージしにくいんです。
そこで、最初はイメージからご説明したいと思います。イメージが理解できて、そのイメージに化学反応式が合致したとき、そのイメージはあなたの脳に、強烈に印象付けられると思います。
このイメージが分かりにくい場合は遠慮なくメールでもしてください。わかりやすくなるまでとことん書き換えます。加水分解とは、弱酸や弱塩基の塩を水に溶かしたとき、その一部がもとの酸や塩基に戻ってしまい、そのせいで中性の溶液がわずかに酸性や塩基性を示してしまう現象のことを言います。では、その説明をするために、まず登場人物の説明から始めましょう。
図18が、クールな酢酸です。酢酸が着ている服が を表します。つまり本体が で、服が なので、服を着ている状態が ということになります。
次に図19が水酸化ナトリウムです。女性が で、抱えているおかしなマネキンが を表します。つまり、女性がマネキンを抱えている状態で ということになります。
図 18: 酢酸モデル下から来た人は戻る | 図 19: 水酸化ナトリウムモデル |
図20はマネキン( )が服( )を着ています。つまり水の状態です。
さらに図21は酢酸が服を脱いでいる状態です。ただし、イメージを伝えるためにはちょっと服を脱ぎ放ってもらうと不都合があるため、自分はちょっと変ですよ!ということをアピールするため、脱いでいる服をブンブンと回してもらっています。
図 20: 水モデル | 下から来た人は戻る図 21: 酢酸イオンモデル |
では酢酸の加水分解についてお話したいと思います。
酢酸は弱電解質という電離度の小さな酸です。つまり の状態から を離して の状態になるにはなるのですが、なりにくい性質を持っています。
電離度は先ほど定義しましたが、そのままのイメージだと「服の脱ぎたがりやすさ」というイメージがぴったりですね。しかし、あえて「変態さんの割合」とイメージしてください。
ここで言う変態さんとは、全体の社会には馴染めずちょっと変わったことをしてしまう人のことを言っています。…なぜ電離度を「変態さんの割合」とするかといいますと、まぁ後々都合がいいからです。
酢酸の水溶液を考えてみましょう。ほとんどは ですが、中には になっちゃっているものもあります。つまり酢酸は服( )を着てお風呂(水)に入る(溶ける)のが当たり前の人々服を着て入るのが当たり前の人々はCH3COOHと表されます。なんですが、なかにはちょっと変わっていて服( )を脱いで入る人( )も出てくるわけです。
現実に考えるとお風呂に服を脱いで入らない方が変に思えますね。しかし例えば日本ではお風呂に入るとき、バスタブにつかって疲れを癒すのは当たり前ですが、アメリカではあまりバスタブにつかるという行為はあまりしません(と聞きます)。
土地によって風習は様々ということです。つまり、服を脱いでお風呂に入るか入らないかも、土地や時代を変えるともしかしたらどちらが常識かはわからないわけですから、一概に服を脱いで入らないからおかしい!とは言えないわけです。
だからもう一度言いますが、「変態さんとは、全体の社会には馴染めずちょっと変わったことをしてしまう人のこと」を言います。何やらアホな話をしていますが、この話が後々すごく重要になってくるので、覚えておいてください。では、酢酸の電離平衡式を見てみましょう。
(21) |
酢酸の社会では、お風呂に入るとき服を着て入ることが常識となっています。つまり のままでいることが当たり前なわけです。
しかしどの社会にも、常識に異論を唱える新しい風が吹くものです。つまり、誰かはこの常識に疑問を持ってしまうんですね。
図 22:
お風呂の中での着衣に疑問を抱く酢酸 |
ここで酢酸の電離度を0.010.01とは1/100であることを表しています。つまり全体の中の1%ということですね。としてみましょう。図18の酢酸100人がいると、1人は図21の状態でいるということです。
つまり酢酸の中にはたまに変な気を起こしてしまう子がいるわけです。「みんな真面目すぎる!俺はみんなと違うんだ!」なんていいながら、図21の状態になってしまいます。
しかし酢酸社会はちゃんとそんな子も許容します。ちょっと変な子が全体の1% いる状態がむしろ落ち着くのです。そこで、酢酸は変な子がちゃんと1% いるかどうかを常に意識しています。それが図23の状態です。
図 23:
はじけちゃった! |
さてこんな酢酸社会へ水酸化ナトリウムを投入します。水酸化ナトリウム( )は酢酸イオン( )になって服( )をブンブン回している子を見つけます。
図 24:
救いの酢酸ナトリウムアタック |
そうすると、水酸化ナトリウムは持っているマネキン( )にその振り回している服( )を着せて水( )にし、自分は酢酸イオンとカップル(塩: )になってしまいます。酢酸イオンはヒートモードから一転、落ち着きました。
式(22)では、 ではなく で書いてあることちょっと疑問に思う方もいるかも知れませんね。そこで、ちょっと説明しておきます。
実際に水酸化ナトリウムを投入したとき水酸化ナトリウムが持っていた水酸化物イオン水酸化物イオン…つまりあのちょんまげマネキンのことです。( )と反応する(中和する)水素イオン は、酢酸の一部が というように電離したときの です。
化学反応式はイオン式のような や を使ってはいけませんので
(23) |
ついでに言っておきますと、水中ではCH3COONaもこのような形で存在しているわけではありません。電離してCH3COO- + Na+となっています。とは書きません。だから、式(22)のように表されるのです。でもちゃんとどういう意味なのかはイメージしておいてくださいね。
さて、暴れていた子がいなくなって酢酸社会も落ち着いて一件落着かと思いきや、事はそううまくは運ばないのです。暴れていた酢酸イオン(
)が見事にカップルとして成立し、落ち着くと逆に酢酸社会が落ち着きません。「暴れてる子が1% いないぞ?」
図 25:
暴れている子がいなくて戸惑う酢酸社会 |
そうすると、また疑問に思う子が出てくるわけで、その子がまた服を回し出します。図23に戻ります。
このようにして、また水酸化ナトリウムが投入され、暴れている子が落ち着き、酢酸社会がざわつき、また暴れる子が出てきて水酸化ナトリウムが投入され…と続くわけです。
さて、この中和はどこまで続くのでしょうか?そう、酢酸社会に残る酢酸が全て暴れる子に変わって、さらにその子がカップル成立するまで水酸化ナトリウムの中和は続くのです。
…さぁ、そのすべての酢酸が中和された平和(中性)な世の中になりました。これで一件落着!しかし…またまたそううまくはいかないのです。
図 26:
アレ?おかしいぞ? |
みんなカップルばかりの平和な世の中になってしまうと、実は落ち着かない酢酸イオン(カップルとなっているうちの1人)が出てきます。
そう電離度とはまさしく「変態さんの割合」でしたね。つまり、どうしてもみんなと違うことをしたい人が出てくるんです。そこでカップルになっている酢酸イオン( )のうち1人がナトリウムイオン( )を捨ててマネキン( )から服( )を奪い、酢酸( )に戻ってしまいます。
図27と式(24)を見比べてください。図27には酢酸イオン( )の相手だったナトリウムイオン( )が見えるのに、式(24)には見えませんね。
図 27: 酢酸復活! |
でもそれは当然なのです。化学反応式は両辺に同じものがあると、結局それは反応に関与しなかったものとみなして消してしまうのです。だから(24)にはナトリウムイオンの存在が消されてしまっているんですね。
…さて、もう一度式(24)を見てみましょう。酸の性質を持っていた酢酸がすべてカップルになったおかげで中性の世の中だったのに、水(マネキン+服)から酢酸イオン( )が服( )を奪った結果、マネキン( )本体が露出していますね。
つまり、 と がつりあっていた中性の世の中で、 がわずかに多く存在してしまうこととなりますなぜ、わずかになのでしょう?実は酢酸が電離して酢酸イオンを作る割合よりもなお小さい割合でしか酢酸イオンから酢酸に戻っていかないのです。詳しくはまた弱酸の電離平衡などを扱うところで説明します。 。このことを酢酸の「加水分解」といいます。
こうして、せっかく と のバランスのとれた中性の世界が作れても、酢酸の「変態さんの割合」が若干悪さをして、結局ちょっと塩基性を示してしまうわけです。この、酢酸の「みんなとちょっと違ったことがしてみたい!」という欲求が、加水分解という形で現れるわけです。
さて、イメージがわかったところで、今度はもう一度式でイメージしてみましょう。
まず0.1mol/ の酢酸水溶液を作ります。電離度を としますと
となります。つまり、全体の1% の酢酸が となって を出したわけです。このとき、pHは3となります。
ここで、この水溶液に水酸化ナトリウム( )を加えていきます。そうすると
そうすると、また暴れている子がいなくなり酢酸社会のバランスが崩れたと言うイメージです。だから、また新しい暴れる子を作り出しますね。平衡が右に移動してどんどん を作っていきます。それを水酸化ナトリウムが中和して…、最終的にすべての酢酸が になって、それが水酸化ナトリウムによって中和されて反応が終了するのでしたね。
さて、式(25)の反応が進行し、全ての酢酸が塩になりました。そうすると、その塩を形成している酢酸イオンのうちの一部がもう一度酢酸に戻ります。
これはどのくらい戻るのかというと、化学平衡の分野をしっかりと理解しないとわからないので簡単には答えられないのですが、酢酸の電離度よりも小さい値でしか戻らないとだけ説明しておきます。つまり、全ての塩のうちの1% よりももっと小さい値だということです。
こうして、酢酸ナトリウムという塩のうちわずかですが、いくらか酢酸イオンが酢酸に戻ってしまうので、酢酸を水酸化ナトリウムで中和した水溶液の中和点は、式(26)で示されるように を生成し、弱塩基性を示します。わかりましたか?
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